【特別編】私の人生を変えた恩師

私の恩師に当たる方がついにご引退、ということで筆を取りました。(キーボードですけど。)

退職祝いや畏まった祝辞でもよかったのですが、この私のキャラクターです。気の利いたことも出来なさそうですので、恩師への思いを好き勝手書くことにしました。

Webというオープンの場であるため、ここでは恩師という表現にいたします。

それでは始まり始まり。

窓際副支店長?

私が恩師の部下になったときです。物流所属なのに副支店長でした。「は?営業ゴリゴリの会社でなんで物流の人間が副支店長??」

異色すぎて尊敬していいのか、それとも嫌がらせを受けているのか、下っ端の私には理解不能でした。もちろん偉い人ですし物流にとっての快挙と言える人事です。

「副支店長・・?一階の小さなフロアで数字をポチポチ入力してますけど?」

当時は違和感だらけでしたが、あの人事はS社最初で最後のウルトラレア人事★★★★★なんじゃないでしょうかね。
その後のさらに輝かしい経歴はともかく、個人的にはここにグッときてます。

今でこそ、物流の重要性はどんな業界でも高まっていますが、当時はただの運び屋。
それこそ営業のお手伝いさんでしかありませんでした。

それから10年掛けて会社は物流を強化していき、社長が決算報告でまず物流の話題を話すまでになったわけですが、この物流戦略は恩師の存在なくして成功していないんじゃないでしょうか。

私の人生を変えた数少ない人物のひとり

私の人生には大きな転換点があります。良い意味での。
そしてその変化はすべて人によって行われてきました。

小学6年生。5年間のイジメられっ子からようやく脱出。
一緒に学習塾に通い、学力という武器を持つことを教えてくれたS君。
人生の第一ブレイク。

30歳。くそ真面目な私の性格をぶち破りに来たT君。
一緒に路上でギター片手に歌う3年間。仕事中も新曲作ってました。
私が「変なやつ」と呼ばれ始めるのはここから。
人生の第二ブレイク。

35歳。ただの品出し兄ちゃんから「在庫管理の人」というブランディングがスタート。
数字が大嫌いな私に、恩師の策略(?)により数字まみれの世界へ。
「その他大勢」から抜け出し、出世街道を走れるようになったのは後にも先にもこの方のおかげです。人生の第三ブレイク。

セルフブランディングの重要性

セルフブランディング、つまり「〇〇の人」という看板の必要性は、独立してさらに痛感しました。これがなければ飯が食えないと言ってもいいでしょう。

サラリーマン時代でも実はブランディングが重要であるはずで、「社内営業が上手な人」だけでは昔のように重要なポストには就けません。
誰にでもできる仕事を言われるがままにやるのも、本当につまらないですしね。

こうして振り返ると、はじめは恩師に言われるがまま「作業」として数字をいじっていた在庫管理業務。やっていくうちに楽しくなってきて、いつの間にか在庫管理の人というポジションを得ていました。

やりたいことを仕事にすることは人生の正解のひとつです。それが独立であれ、企業の中での役割であれ。
私もひょっとすると社内で「在庫管理屋」という個人商店を楽しく経営していたのかもしれません。そんな感覚です。

在庫管理というテーマはたまたま落ちてきて上手く拾えたわけですが、数字嫌いの私を改心させるほどの在庫管理オタクだった恩師に感謝しかありません。

オタク、最高ですよね。なんでもとんがったほうが成功する時代です。
恩師は昔からとんがってました。
とんがっていた割に、それほど敵が居なかったのが印象的でもあります。
まだまだとんがれたのでは?笑

家族はこの凄さ、わかってるのかなー?w

自分と私の父にも言えることですが、家族って意外と自分の父親の凄さを理解していませんよね。

私の父は教育者で、熱血先生でした。
クラブ活動や生活指導などで全然家に居ません。そして教師の給料なんて知れたものです。

そんな姿を見て当時の私は「教師は生産性が悪すぎる」という判断をし、サラリーマンを目指しました。

でも卒業生が父に連絡してきたり会いに来たりしているのを見ると、あーすごい人だったんだなー。って改めてわかります。

父親と違う道を選んだ私でしたが、会社で知らないうちに教育ばっかりしている自分に気づいてドキっとしました。
DNAでしょうかね。教育が好きなんですよね。わからない子を教えることが。初心者が。

振り返れば大学はスキースクールで教えてましたし、バイトは塾講師でした。

若い頃は父親のことを避けたり、父親とは違う人生を送りたいと思うものなのかもしれません。

しかしDNAとは怖いもので、優れた能力はしっかりと引き継ぐようになっていると感じます。

恩師のご家族はどうなんでしょうか。

社内では敬い奉られ、退職は祝辞のシャワーを浴び、送別会だらけの忙しいフィニッシュ。

でも家族にとっては帰ってきたらゴロンと寝そべってお尻をポリポリかく足の臭いおじさんでしかなかったりするのかもしれません。

「いやー、その人すごいんだよー!!w」って言いたいです。

でも必ずこの方の優れた能力を引き継いでいるはず。

「あ。なんか人生うまくいってるかも」と感じたら父親のことを思い起こして欲しいですね。

最後に:今後も離しませんがなにか

長々と、そしてふざけたことを書き連ねました。でも電報で来るような、歯の浮くような祝辞なんて意味もないでしょう。

そしてお疲れ様でしたという表現をするつもりも全くありません。
まさかまさか、人生のカウントダウンを始めたりはしていませんよね?

医療、医薬の技術の進歩は我々をそう簡単にリタイヤさせてくれません。

人生の第4四半期が始まったところです。これからが一番大事で、能力・体力全開で挑まなければなりません。

私は第3四半期です。先を行く恩師のこれからに興味がありますし、私からも少なからず恩返しできることがあると思っています。

私の恩返しできることがあるとすれば、それは「情報」です。

今の世の中、「情報」だけで人生の豊かさが決まると言って間違いありません。

ここで言う情報には経験や技術も含まれますが、重要なのは自分の持っている情報の量ではなく、誰が、誰の情報に触れるかということだと確信しています。

情報と情報は化学反応を起こします。

その結果は大きなビジネスになることもあったり、腹を抱えて笑える瞬間だったり、美味しいラーメン屋が見つかるだけのこともあります。

どんな結果になるかはわかりませんが、恩師との化学反応は楽しいに決まっています。
その情報、逃すわけには参りません。

 

 

ということで。

これからもよろしくお願い致します。いや、離しません笑。

そんなまとめで私からのプレゼント?とさせて頂きます。

さてさて。これからの第4四半期、楽しみですね☆

それでは。

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